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歴史・文化

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百舌鳥古墳群

百舌鳥古墳群

百舌鳥古墳群は、堺市内の東西・南北約4キロメートルの範囲に広がる古墳群です。古墳時代、この一帯には100基を超える古墳が造られました。しかし、都市化の進展などによってその多くが失われ、現在は4世紀後半から6世紀前半に造られた44基の古墳が残っています。その中には、世界最大級の墳墓・仁徳天皇陵古墳をはじめとする巨大前方後円墳などが含まれており、日本の古墳文化を物語る貴重な遺産です。

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祭り

百舌鳥古墳群

約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、元禄16年(1703年)、時の岸和田藩主岡部長泰(おかべながやす)が京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、五穀豊穣を祈願して稲荷祭を行ったことが起源とされています。
岸和田市内には、80台のだんじりが、「自主運営、自主規制、自主警備」のもと曳行されています。日中は、だんじりが勇壮、豪快に街中を駆け回り、特に勢いよく街角を直角に曲がる「やりまわし」は一番の見どころとされています。
また、夜になるとだんじりは約200個の提灯に飾られて華麗な姿に変身し、提灯を揺らしながら夜の街をゆっくりと曳行する姿は情緒があります。

やぐらは、大屋根・小屋根を有し、大きな2輪の駒で、坂道や、狭い道でも曳きやすいものです。この特徴を生かして、波太神社の宮入は、7段の石段を各地区のやぐらが駆け上がります。その音や振動などは現地でしか味わえない感覚です。

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池上曽根史跡公園

百舌鳥古墳群

1995年、集落の中心部で見つかった弥生時代中期の大型建物と井戸は、弥生時代のイメージを塗りかえるたいへんな発見となりました。
大型建物は東西19.2メートル、南北6.9メートル、面積133平方メートルと、弥生時代最大級の規模をもつ建物で、地面に掘った穴に直接柱を立てた掘立柱建物と呼ばれるものです。26本の柱で構成されていました。直径60センチメートルもある当時の柱の根元が腐らずに、17本も残されていました。
建物の南側にある井戸は、直径2.3メートルのクスノキの大木を刳りぬいて井筒にしており、刳りぬき井戸としてはわが国最大のものです。発掘されたときもこんこんと水が湧き、二千年間、井戸が生き続けていたことがわかりました。
建物や井戸の周りには、たくさんの石器や土器を埋めた「祭りの場」がつくられ、その隣では青銅器や鉄器を作っていた当時の工房の跡も見つかりました。環濠の周辺には人々の住まいが密集しており、用途によって区切られた集落の姿が明らかになりました。

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